※ 本記事は2018年9月の記事をリライトしました。
ショパンの即興曲 第1番 変イ長調 Op.29——憧れていた曲がレッスンの課題に出た瞬間、うれしさ半分、震えが半分でした。ピアノを再開して数年、ついにここまで来たか、と。
でも、弾き始めてわかりました。この曲、見た目より全然難しい。
最初の2週間は「今まで弾いてきた音の運びと全然違う…もう無理!」と思っていたほど。「来週もダメだったら曲を変えてもらおう」と本気で考えました。
そんな私が、ある先生の一言をきっかけにぐんと弾けるようになりました。この記事では、その経緯と、譜読みのコツ、この曲の難しさの正体まで、まるっと書いておきます。
ショパン即興曲 第1番——どんな曲?
「即興曲」と聞くと、ショパンの幻想即興曲を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。実はショパンの即興曲は全部で4曲あって、第1番はその最初の作品です。
冒頭から三連符の細やかな動きが両手に現れ、様々な和音を伴いながら美しいメロディを織り成していきます。中間部は左手の和音が主役となり、右手がうたうように旋律を奏でる構造。一言でいうと、爽やかで明朗、だけどどこかせつない、そんな曲です。

作曲の背景——失恋が生んだ、爽快な一曲
この曲が書かれた時期には、ショパンの恋愛事情が深く関わっています。
幼い頃から知っていたマリア・ヴォンジスカが16歳になって再会し、すっかり惚れてしまったショパン。結婚を申し込むのですが、「病弱で、貴族出身でもない」という理由で反対されてしまいます。第1番は、そのマリアとの恋愛が破れた後まもなく書かれたとされています。
失恋直後の作品なのに、曲調は4つの即興曲の中でもっとも爽快で明朗。華やかな三連符の中に、ふとした瞬間に哀愁が滲む。
ショパンの導音の使い方の妙は、そんな複雑な感情を映しているのかもしれません。
ショパン即興曲 第1番の難易度——「弾けそうで、実は難しい」
「即興曲=自由に弾ける簡単な曲」というイメージを持っている方もいるかもしれませんが、ショパンの即興曲はそうではありません。むしろ「自然に聴こえるように弾く」ための繊細なコントロールが要求される曲です。
ピアノ学習者の目安レベル
よく言われるのはツェルニー40番後半〜50番レベル(中級後半〜上級手前)あたり。ただし、技術レベルだけで判断すると「思ったより早く弾けた!」となりやすい反面、音楽的に仕上げようとすると、途端に奥が深くなるのがこの曲の特徴です。
一言でまとめると——「技術的には中上級の入口、音楽的にはしっかり上級」。それっぽく弾くのは比較的早いですが、美しく仕上げるのに時間がかかります。
どこが難しいの?4つの壁
① 右手の流れるようなパッセージ
軽やかに、しかも粒を揃えて弾く必要があります。速さよりも「均一さ」と「透明感」が求められる。ここを雑に弾くと一気に印象が崩れます。
② 左手のアルペジオの安定感
三連符が延々と続く左手が崩れると、一気に”素人っぽい演奏”になってしまいます。縁の下の力持ちで、地味ながら非常に重要。
③ ルバート(テンポの揺れ)
正確に弾くだけだと単調になる。でも揺らしすぎると崩壊する。このバランスがかなりシビアです。
④ 音のバランスとペダルの使い方
メロディを自然に浮かび上がらせながら、ペダルが濁らないようにコントロールする必要もあります。
聴いている人には「ただ綺麗な曲」に聴こえていても、弾いている側はけっこう必死です(笑)。
幻想即興曲と比べると技術的なハードルはやや低めですが、音楽的な完成度への要求はそれと同等かそれ以上かもしれません。
私が取り組んだ練習のコツ——譜読みの苦労と突破口
さて、ここからは私自身が取り組んだ経験です。
この曲は両手とも常に三連符で動いています。音の並びによって弾きやすい三連符と弾きにくい三連符があり、最初の2週間は頭に全然入ってこなかった…。楽譜に英語音名(CDEなど)をたくさん書き込んで「さすがに大人なんでドレミは恥ずかしいけど、こっちならかっこいい…よね」とひとりで思いながら練習していました(笑)。

himetei何度も譜めくりしたので、楽譜がヨレってます。愛着の証ということで。
突破口は「左手の親指はカンタービレ」
苦労していたとき、先生から言われた一言がありました。
「ショパンの左手の親指は、カンタービレなんだ。」
カンタービレ【cantabile】とは、歌うように、なめらかに、表情豊かにという意味の音楽用語です。


なんてカッコいい一言なんでしょう。
これが、まさに呪文が解けるようでした。弾きにくい三連符の一番上の音。
つまり左手の「1」親指で弾く音を意識して弾くだけで、譜読みがぐんぐん進んでいったんです。技術論より先に「音のイメージ」を持つことの大切さを、身をもって感じた瞬間でした。
各ページの難所と攻略のヒント
親指の意識だけで全部解決したわけでもなく、ページごとに難所があります。私が実際に引っかかった箇所を順番に。
【2ページ目の難所】
三連符が複雑に絡み合う部分。左手を一度、和音としてまとめて取ってみると、音の流れが見えてきます。ばらばらに読むより「和音の形」として認識する方が頭に入りやすかったです。


少し先の箇所では、右手が「語っている」あいだ、左手が半音ずつ下がっていく動きがあります。規則性が見えると一気に楽になる。


そして、この2ページ目でひときわ光るのが、青丸で示した音——導音の使い方です。
ショパンの導音使いはとにかくオシャレで、華やかなモチーフの中にふっと哀愁が差し込まれる瞬間がある。失恋後に書かれた曲だからなのか、と想像するとたまらないですよね。


【3ページ目の難所①】
半音階が続く箇所。「半音階だ」と気づいてしまえば譜読みは一気に楽になります。ところが、家では難なく弾けるのにレッスンで先生の前に立つと指が間違う……なぜ? 先生曰く「指番号を統一するのも一つの方法」。それでも四苦八苦しましたが、暗譜してしまうとある日突然スムーズに弾けるようになりました。


【3ページ目の難所②・前半の山場】
右手がファ→♭ソ、左手が♭レ→♭ミと進んでいく部分。ここを決めるとむねが詰まるような「せつなさ」が出て、下の段に移ると一気に解放される。計算し尽くされた曲だとここでも毎回感動します。


数年ぶりに弾いたら、指が覚えていた
後日談として、ひとつ不思議な体験を。
レッスンを卒業してから数年後、ふと即興曲第1番を弾いてみたら——指がちゃんと覚えていたんです。他の曲は半年弾かなければほぼ忘れているのに。これがショパンの魔力というものなのでしょうか。苦労して覚えた曲ほど、体に刻まれるのかもしれません。
ちなみに、私がピアノを再開したきっかけは「死ぬまでにショパンの幻想即興曲を弾きたい!」という強い衝動でした。そこから始まって、今やライフワークのひとつになっています。ピアノって、繰り返し繰り返しの練習の中から何かが見えてくる——スポーツ競技に近い感覚がありますよね。
譜読みのコツや練習の進め方については、以下の記事にもまとめています。ぜひ読んでみてください。
おすすめの楽譜——先生ご推薦のパデレフスキ版
楽譜はいろいろありますが、私が使っているのはパデレフスキ編(日本語ライセンス版)。習っているピアノの先生からすすめられた一冊です。(ちなみに現役のピアニスト)
解説・注釈が日本語で読めるにもかかわらず、楽譜部分は一切手を加えず原典をそのまま使用。世界中のピアニストが愛用するスタンダード版として知られています。ショパン演奏のリファレンスとして、ひとつ手元に持っておくと長く使えます。
ピアノ関連の記事は他にもまとめています。こちらもぜひどうぞ。



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