※ 本記事は2016年9月の記事をリライトしました。
子どもの頃、偶然テレビ(徹子の部屋)で見たピアニストの姿に、釘付けになりました。名前もわからないまま、ただ画面から目が離せなかった。それがワイセンベルクとの、最初の出会いでした。
この記事では、ワイセンベルクの一人のファンとして、その魅力を語ります。
硬質でクリスタルな音色、圧倒的なスピード感の演奏。そしてファンクラブで直接お会いした思い出まで。
一度聴くとクラシックの聴き方が変わるピアニストです。
アレクシス・ワイセンベルクという人
1929年、ブルガリアのソフィア生まれ。14歳でピアニストデビューを飾り、早くから天才と謳われた。ユダヤ系であったため、第二次世界大戦中の1944年には強制収容所に送られるが、イギリス空軍の爆撃による混乱の中、母親とともにトルコへ脱出。その後イスラエルに渡り、同年テルアヴィヴで行ったリサイタルは大成功を収めた。
戦後はアメリカへ渡りジュリアード音楽院でシュナーベルらに師事、1947年にはレーヴェントリット国際音楽コンクールに優勝。華やかな演奏活動を始めるが、1956年に突如として引退を宣言する。「自分の音楽をもう一度見つめ直したい」——その言葉通り、10年間の沈黙を経て1966年に復帰。すぐにカラヤンと共演し、超一流ピアニストとしての地位を不動のものにした。
1972年には28年ぶりに祖国ブルガリアへ帰国。政府からキリル・イ・メソディ賞を授与され、1975年に名誉市民権を与えられている。2012年1月8日、スイス・ルガーノにて82歳で逝去。
その生涯は、波乱という言葉では到底足りない。収容所から生還し、10年の沈黙を経て、それでも世界の頂点に返り咲いた人。だからこそ、あの演奏には、並のピアニストとは違う何かが宿っているのだと思うのです。
前半はワイセンベルク自身が晩年にピアノを振り返ったインタビュー映像。演奏は1:58から始まります。演目はラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番 第3楽章。
ワイセンベルクの魅力——あの音は、どこから来るのか
100人のピアニストがいれば、100通りの演奏がある。ホロヴィッツも、アルゲリッチも、ポリーニも、アシュケナージも——楽譜は同じなのに、同じように聴こえるものが何ひとつない。そのことに気づかせてくれたのが、ワイセンベルクでした。
硬質でクリスタルな響き。胸のすくようなスピード感。余計なロマンティシズムをそぎ落とした、透明な音の造形。「冷たい」と言う人もいる。でも、あの批評を読むたびに「あなたは、マエストロを知らないからだ」と心の中でつぶやいてしまう。
車の運転中に流したくなる、という感覚——わかる人にはわかってもらえると思う。スピードと精度が同居するあの演奏は、不思議と疾走感がある。気づけば書棚がワイセンベルクのアルバムで埋まっていました。
最後に聴いた演奏のこと
最後に聴いた演奏は、晩年の大阪フェスティバルホール。演目はモーツァルトの協奏曲でした。お年を召されたマエストロは、まるで紅茶でも飲んでいらっしゃるかのように、ほとんど体を動かさず——それでも、豊かな音色がホールを満たしていた。
その後、長らく表舞台から遠ざかっていた。いつかまたあの演奏が聴けるかもしれない、と思いながら年月が過ぎていました
2012年1月11日、ふと…「今どうされているだろう」と検索。3日前にお亡くなりになっていた。「もう会うことができない」という焦燥感が、身体の中を突き抜けたのでした。
忘れられないファンクラブの一日
偶然にも近い形で友人の紹介で、ある集まりに参加できました。それは、マエストロの初来日から長くお世話をされていた竹森様が発起人の、30名ほどの小さなファンクラブ。来日されたワイセンベルクと、直接お会いできる貴重な機会だったのです。

マエストロと握手した瞬間、「なんて柔らかい手なんだろう。思ったより小さい……」
と感じました。ラフマニノフの巨大な和音を、あの手小さな手で弾いていたのか、と…今思えば凄い体験。包み込まれたふんわりした感触は、何十年経っても色褪せないのが不思議です。

おひとりおひとりと軽く会話をされながら、丁寧にサインを書いてくださった。

「じゃあ、私が送ってあげましょう」
マエストロと向き合っていたとき、思い切ってこんな話をした。「プログラムでよく演奏されているフランクの《プレリュード、フーガと変奏》の楽譜が欲しくて探したのですが、海外からの輸入盤でしかなく、なかなか手に入らないんです」——すると、マエストロはにっこりされて、こう言った。
「じゃあ、私が送ってあげましょう。」
himeteiえ!え!え!ありがとうございます!
……社交辞令だろうな、とは思った。でも、それだけで十分うれしかった。
ところが数か月後、竹森様からお手紙が届いた。




1991.11.30
日に日に寒くなって参りました。お元気にお過ごしでいらっしゃいますか?
過日は、ご丁寧にお手紙を頂き、又写真も数枚頂戴致しまして、誠にありがとうございました。神戸からいらしていただく事は大変ですね。それに、お二人で気になっておりまして、マエストロのスイスの住所をお知らせ申し上げます。遅くなり申し訳ございません。2年後に来日の予定との事です。(お伺いしておりました)写真少々お送り申し上げます。どうぞお納め下さいませ。時節柄、呉々もお身体を大切になさって下さいませ。御主人様にもよろしくお伝え下さい。
竹森
封筒の中には、マエストロの秘書からの一文が添えられていた。「We wish to inform you of the new address(新しい住所をお知らせいたします)」——世界的ピアニストの住所が、手の中にある。震えた。恐れ多くて、結局お手紙を出すことはできなかった。それでも、あの封筒は今も大切に手元にある。
私のピアノの部屋には、愛犬と撮ったワイセンベルクのポスターが、今もいつも見つめてくれている。


戦火を生き抜いた、その先にある音楽
1944年、ユダヤ系のワイセンベルクはナチスの強制収容所に送られた。イギリス空軍の爆撃による混乱を機に母親とともにトルコへ脱出し、イスラエルへ逃れた。同年テルアヴィヴで行ったリサイタルは大成功を収めたという。
その後の10年間の沈黙も、ただの休養ではなかった。生き抜いた人間が、音楽と向き合い直した時間だったのだと思う。復帰後のあの演奏の密度は、そういう背景なしには語れない。
私のワイセンベルク・コレクション
気づけば書棚がワイセンベルクのアルバムで埋まっていた、と書いたが、CDだけでなくDVDも揃えている。映像作品は数が少ないだけに、見つけるたびに手が伸びてしまう。
名盤は数多くあるが、私の推しはこちら。
RCAの録音全集については、別記事で詳しく書いています。
Alexis Weissenberg: Classic Archive[DVD]


ファンにはヨダレが出そうになる一枚(失礼💦)。AKEファルク監督がストックホルムのスタジオで撮影した映像で、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」が含まれている海外製DVDだ。


収められた映像はすべて40年以上前のもの。それでも古さを感じさせない、美しい構成になっている。


【収録曲】
- Igor Stravinsky: Three Movements from Petrushka
- Sergei Prokofiev: Piano Sonata No.3
- Alexander Scriabin: Nocturne for the left Hand Op.9 No.2
- Sergei Rachmaninov: Prelude Op.23 No.6
- Frédéric Chopin: Piano Sonata No.3 – Largo, Nocturne Op. Posth. in C minor, Étude Op.25 No.7
- J.S. Bach: Chromatic Fantasy, BWV 903, Partita No.6 – Corrente
- Johannes Brahms: Piano Concerto No.2



このヘッドホンで聴くと、音の粒立ちが全然違う。ワイセンベルクのクリスタルな音色が、さらに際立つ気がして。


ワイセンベルクが好きな人に、ぜひ聴いてほしいアルバム


ワイセンベルクの演奏は、YouTubeにも多くアップされている。まだ聴いたことがない方は、ぜひ検索してみてほしい。あの音に一度触れると、きっと何かが変わる。
- マエストロ の言葉は、音楽の分野で特に卓越した音楽家を敬意を込めて称する際に使われます。マエストロは、音楽の芸術を導く者として尊重され、優れたリーダーシップと芸術的な才能を備えた人物を指す美しい言葉です。 ↩︎
- イタリアのミラノ出身のピアニスト。現役では最も高い評価を受けているピアニストのうちのひとりである。 ↩︎
- アルゼンチン出身のピアニスト、マルタ・アルゲリッチは、「鍵盤の女王」の異名を持つクラシック音楽史上最高峰の、偉大なピアニストである。 ↩︎
まとめ|ワイセンベルクの演奏を聴いて感じること
数多くのピアニストがいる中で、ワイセンベルクの演奏は決して派手さだけで惹きつけるものではありません。気がつけば何度も聴きたくなる。そんな“中毒性”のような魅力があります。
だからこそ、聴けば聴くほどに新しい発見があり、音楽の奥深さを教えてくれる存在なのだと感じています。
そして最後に――。
数少ないファンクラブの中で撮られた、一枚の写真。
私にとっては、何よりも大切な宝物になっています。








コメント
コメント一覧 (4件)
はじめまして。
50代女性です。
子どもの頃ピアノを習い、すぐ挫折して懲りずに大人になってまた習い、つくづく楽器の演奏に向かない。と悟った者です。
私もワイセンベルク氏のファンです。ピアノの先生に「ワイセンベルク・アンコール」というアルバム教えて貰い聴いたのがきっかけです。
氏のアルバムは何枚か持っていますが、一番好きだったのはドビュッシーのアルバムです。氏に何度かファンレターまで書きました。
時間が流れ、そういえばワイセンベルク氏どうしているのかしら?とネットで調べたたら、すでにお亡くなりになられていて、そのことを知った日一日中憂鬱になりました。ステージを観る機会は残念ながらありませんでしたが、こうしてファンの方がブログを書かれていてとても嬉しく思います。
私のヒーローでもある方です。
突然のコメント大変失礼致しました。
コメントありがとうございます。
お返事が遅くなってすみません。
ピアノは奥が深いですね。
突き詰めれば、突き詰めるほど、自分の技量のなさに涙涙です。
私もワイセンベルクファンの方とこうして交流が出来て
とても嬉しく思います。
また、気になる記事がありましたらご案内できればと思います。
昔のことでよくは覚えていないのですが、来日された時のインタビュアーは黒柳徹子さんでした。黒柳さんからのリクエスト曲は北原白秋・山田耕筰の「この道」(黒柳さんの英訳はOn my way 私ならThis Roadなんて無粋に訳しちゃう)
ジャズアレンジの素晴らしい演奏でした。
その時のマエストロの言葉は「ピアノは背骨で引くのだ」
「独特の硬質でクリスタルな響きと、胸のすくようなスピード感を聞かせる超絶技巧」の秘密の一端はここにあるのでしょうか?
コメントありがとうございます😊
私は子供の頃に偶然、「徹子の部屋」に出演されていた放送を正座をして見ていた記憶があります。
マエストロの音楽を知る前だったのですが、ハッキリと今でも覚えております。
「この道」のジャズアレンジを聞かれたのですね。
なんて羨ましい事❣️
私も聞いてみたかったです。
ジャズといえば、マエストロが作曲したアルバムがそれに近いです。
ご参考までに当ブログで紹介致しました記事のリンクを貼っておきますね。
https://www.himetei.jp/alexis-weissenberg/
マエストロの言葉「ピアノは背骨で引くのだ」も氏の演奏スタイルに表れています。
素敵な言葉を教えて頂きありがとうございました。