※ 本記事は2015年12月の記事をリライトしました。
黒田官兵衛ゆかりの地、黒田の里に鎮座する瀧尾神社。12月30日、新年を迎えるための準備が、地域の人々の手で粛々と進められました。(2015年12月30日の記録です)
黒田庄の黒田地区は16の隣保に分かれていて、2隣保ずつが毎年神社の祭事を担当します。当番になった隣保は毎月1日に境内の掃除を行い、年の暮れにはこうして迎春準備も一手に引き受けるのです。
大晦日を翌日に控えたこの日が、今年最後の掃除と飾り付け。師走の冷たい空気の中、作業が始まりました。
瀧尾神社 迎春準備の全記録
今年の当番は、瀧尾神社をお祀りする「御當緒(おとう)」の世話役が回ってきた隣保。次年度への引き継ぎ資料として、私は撮影を担当することになりました。カメラを片手に、一部始終を記録していきます。
松飾りはすでに27日に仕上がっていて、この日はしめ縄・幕張り・参道の清掃など、残りの作業がメインです。

朝8時、焚き火を囲んで打ち合わせからスタート
冬の朝8時に集合。寒い!でも焚き火がありがたい。その温もりにあたりながら、まずは役割の確認です。

作業内容はざっくりこんな感じ。外回り(境内と参道)の清掃、本殿と拝殿の室内掃除、しめ縄の取り換え、供物の準備……と、やることは盛りだくさん。まず竹笹で外観を払い、屋根の垂木や柱、壁についたほこりや汚れを落とします。

長床に積もったすすやほこりは、ほうきで掃き出したあと、布でしっかり拭き取ります。古い建物の中は、意外とほこりがたまるもので、黙々と磨き続ける作業でした。

ちなみにこのとき、やってしまいました。榊を地べたに置いたら、すかさず「おい!コラコラ!」とベテランの爺さまから注意が飛んできました。(;´・ω・)。
榊は神聖なもの。地面に直置きはご法度なのだそうです。この日一番の失敗、しっかり覚えました。

しめ縄に御幣を付けて、鳥居へ
大きな注連縄が5本。それぞれに御幣(ごへい)を取り付けていきます。御幣の向きにもきちんとした決まりがあって、ベテランの方に確認しながらの作業です。

古い注連縄を取り外し、新しいものを取り付けたら、神社の顔が見違えるようにしゃっきりします。御幣の向きを一本一本確認しながら、丁寧に丁寧に。

「御當緒(おとう)」組の各家庭は、一戸につき2名の参加が必須。本来は夫が出るべきところなのですが、よりによって(笑)仕事を選んだ夫の代わりに、息子が一緒に来てくれました。お年寄りの方々に教わりながら、黙々と手を動かす息子の横顔——なんだかちょっと頼もしくて、母としては嬉しかったです。

「手が悴んで(かじかんで)うまく結べないわ……」と息子がぼそり。その一言が妙に可笑しくて。

真冬の12月30日、指先が凍えながらもモクモクと作業しています。

一の鳥居にも、しっかりしめ縄を。

二の鳥居にも同様に取り付けます。鳥居をくぐるたびに、清々しい気持ちになれそうです。

手洗い場の手杓置きも手作りで
参拝者が手を清める手洗い場。その手杓(ひしゃく)を置く台も、毎年手作りで新調します。これ、初めて見たときは驚きました。竹を組んで作る、味わい深い台なのです。

使う竹のサイズは決まっています。150cm×5本と70cm×4本。寸法を測って切り出すところから始まるのが本格的です。

切り出した竹は半分に割って組み合わせます。さらに火で炙ってから布で拭くと、ツヤが出るのだそうです。こういう知恵、現代では誰も教えてくれないですよね。伝えてきた人たちの工夫に、感心するばかりでした。

仕上げに飾りを付けると、なんとも風情のある台の完成。榊も添えて、手洗い場が清らかに整いました。


参道の落ち葉掃き——三度清めて、ようやく
林の中に鎮座する瀧尾神社。美しい自然に囲まれている分、参道には落ち葉がびっしり積もっています。これが、なかなかの手強さ。


三度掃き清めて、ようやく落ち葉が見えなくなりました。長い参道が、見違えるほどすっきりしたそのとき——

「お母さん見て! 樹からの木漏れ日がきれいだよ‼️」
息子の声にふと顔を上げると、木立の隙間から光が差し込んで、冬の参道を静かに照らしていました。手を止めて、しばらく二人で見入ってしまいました。疲れた体に、ふわっと染み入るような光でした。

瀧尾神社は、本当に美しい神社です。凛とした空気と、森の奥から漂う静けさ——ここに来るたびに、何か大切なものに触れているような気がします。

参拝者を迎えるために、長床にはテントも張ります。


幕張り——社殿が晴れやかに華やぐ瞬間
本殿・幣殿・拝殿の正面に幕を張ります。この作業が終わると、神社の雰囲気ががらりと変わります。厳粛さの中に、お祝いの華やかさが加わる瞬間です。


幕を張ったら、きれいに絞って形を整えます。たるみなく、均等に——見た目の美しさにもこだわりがあります。



奥の本殿・幣殿の周りも幕で飾ります。内側まで丁寧に飾られた社殿は、どこか神々しさを増したように感じました。


かつて義父から教えていただいた言葉を思い出します。「願い事を叶えていただきたいときは、ここもお参りするといいのよ」と。その言葉を信じてお参りしたおかげか、私は子どもを授けていただきました。


狛犬さんにもお飾りをして、境内中が新年を迎える顔になっていきます。


最後は、ガンジキ(熊手)で境内全体を整えます。これが仕上げ。大地を丁寧に整えることで、清め完了です。


神社まわりの飾り付けが完成



門松の秘密「笑う門には福来たる」——竹の切り方にも意味があった
門松に使う竹の斜め切り——実はここに、職人の知恵が詰まっています。竹を斜めに切る際、節の位置が重要。斜め切りの断面に節が6:4の位置に来るよう切ると、切り口がニッコリと笑っているような形になるのです。
これが「笑う門には福来たる」の由来のひとつとも言われています。見た目の美しさだけでなく、そこに込められた意味を知ると、門松がもっと好きになりますよね。


黒田地区の各家を飾るために、たくさんの門松が必要です。太い竹を山で探し、長さを揃えて切り出す——慣れていない人にはなかなか難しい作業。それを普段の仕事の合間に準備してくださった方に、みなさんが「素晴らしい門松ですよ、ありがとうございます」と声をかけていました。作る人と感謝する人がいる——これが地域の交流の姿なんだな、とじんわり感じた場面でした。

宮当番の皆さんが、お参りに来られた方のお接待もしてくださいます。寒い中、本当にありがとうございます。

お接待については、別の記事でも詳しく書いています。もしよければ、こちらもどうぞ。
👉 瀧尾神社秋祭りお接待:成功のカギは準備にあり!当日を笑顔で迎えるための心得
稲荷神社の飾り付けも並行して
瀧尾神社と並行して、境内の稲荷神社も飾り付けます。こちらは瀧尾神社とはまた違った雰囲気。小さいながらも、きちんと新春の装いを整えます。

神社行事は地域をつなぐ「社交場」——でも、それが薄れていく
この迎春準備のような行事は、人と人を結びつける大切な場でした。年の暮れに一堂に集まり、汗をかき、知恵を出し合い、感謝を伝え合う——かつては地域の「社交場」そのものだったはずです。
でも、時代の変化の中で、そういった繋がりの場は少しずつ失われつつあります。担い手が減り、当番を続けることが難しくなっている地域も多い。この日、参加しながらそのことをしみじみと感じました。
それでも、こうして長く受け継がれてきた行事に関わることができて、とても良い経験をさせていただきました。場の空気、手伝うことの充実感、そして人のつながりの温かさ——記録として残しておきたくて、この記事を書きました。

宮係の方々は、当日11時30分から新年1月1日の朝まで、交代でお参りの方々を迎えてくださいます。寒い一夜を、地域のために守り続けてくださる姿には頭が下がります。
一人でも多くの方が、瀧尾神社に足を運んでくださればと思います。

瀧尾神社の秋祭りの様子も記事にしています。神輿や太鼓の迫力、地域の熱気を写真でお伝えしています。ぜひ合わせてご覧ください。
👉 黒田庄・瀧尾神社の秋祭り ― 杜にこだまする太鼓と心に残る笑顔
最後になりましたが……息子よ、寒い中一日お疲れさまでした。手がかじかんでも投げ出さず、黙々と手を動かしてくれてありがとう。本当は親父が来るはずだったのに、よりによって仕事を選んだもので(笑)…。あなたが来てくれて本当に助かりました。お正月準備を一緒に過ごせた、この一日が、とても大切な思い出になりました♪


コメント
コメント一覧 (2件)
はじめまして。
ブログをワードプレスにしようかと思い、いろいろ探していてたどり着きました。
歴史も好きで、もう10年ほど黒田氏ゆかりの地を巡っております。
黒田氏発祥の地はこちらだったのですね。
とても厳かで清々しい雰囲気のある神社に感動しました。
コメントありがとうございます。
瀧尾神社は、荘厳な雰囲気があります。
また、秋祭りの時に参道を神輿が上がるときは、何とも言えないほどの感動があります。
ブログの作成をご検討されていらっしゃるのですね。
WordPressは、とても良いと思います。