※ 本記事は2018年10月の記事をリライトしました。
「ドーン、ドーン」と腹の底に響く大太鼓の音。
それが、瀧尾神社の秋祭りの始まりです。黒田庄に毎年秋、この日だけのために地域が一つになる特別な時間があります。
この地にお嫁に来て、初めて間近で見た瀧尾神社の秋祭り。荘厳で優雅だと驚くばかりでした。そんな私が村の記録係としてカメラを持って臨んだあの年は、また違う景色が見えました。担ぎ手の汗、乗り子の声、観客の歓声。すべてが混ざり合い、秋の杜に溶けていく。そんな一日の記録をお届けします。
御當緒(おとう)という役目

瀧尾神社の秋祭りには「御當緒(おとう)」と呼ばれる宮のお世話係があります。黒田庄の16隣保が順番に担い、各隣保に回ってくるのはおよそ10年に一度。宵宮から本宮まで、祭りのすべてを支える重要な役目です。
その年、私は御當組の一員として記録係を任されました。カメラを片手に境内を歩き回り、担ぎ手の真剣な眼差しや観客の声援をファインダー越しに追いかける——普段とは違う視点で見る祭りは、熱気がより直接的に伝わってくるものでした。

なお、瀧尾神社では年の瀬にも大切な迎春準備が行われます。お祭りとはまた違う静かな神事の風景を、こちらの記事でもご覧ください。

子供神輿 ― 小さな担ぎ手たちの一歩

祭りの幕開けを告げるのは、子供神輿。小学4年生から参加できるこの神輿、引っ張る姿がとにかく微笑ましい。
「わっしょい、わっしょい」という元気な声が聞こえてくると、沿道の大人たちも思わず笑顔になります。ちっちゃな体で一生懸命踏ん張る姿は、見ているだけで胸が温かくなってくる。子供神輿はただ可愛いだけじゃなく、伝統を未来につなぐ大切な第一歩でもあるんですよね。

大太鼓の宮入り ― 参道から境内へ

正午を告げるように、境内の入り口から大太鼓の音が響いてきます。乗り子がゆっくりと撥を振り下ろすたびに、その重低音は参道の下までじんわりと伝わってくる。
太鼓のリズムに乗せて、乗り子の子どもたちがお囃子を歌います。担ぎ手たちもそれに合わせて合いの手を入れる。なんとも言えない一体感です。

鬱蒼(うっそう)とした林に囲まれた長い参道。両脇からせり出す深緑の木々が涼やかな影を落とし、ひんやりとした空気が漂っています。そんな暗がりの中に、黄金の装飾をまとった大太鼓台がゆっくりと進んでいく光景は、まるで絵の中の一場面のよう。
数十人の担ぎ手が、その巨体を肩に乗せ、一歩一歩、力を込めて坂道を昇っていきます。重々しい足取りの中にも祭りの熱気と神事の厳かさが交じり合い、静かで力強い迫力が漂う。
「あーそーりゃ」
乗り子のお囃子に続く低い掛け声が、林の静寂を破ってこだまします。内側から「ドーン、ドーン、デーン」と腹の底に響く大太鼓の音が、担ぎ手たちの鼓動と重なりながら、神域へと進む道行きを力強く支えているようでした。
「声出せよー!」
時折、大声で乗り子に指示が飛びます。その声もまた、祭りのBGMの一部。

宮入りの神事 ― 境内が最高潮へ
(▶ 宮入の動画で、瀧尾神社の神事をぜひご覧ください)
掛け声とともに神輿は左右に大きく揺れ、観客からは「落とすなよー!」という声援が飛び交います。境内の空気がひとつになる瞬間です。


社殿の前にたどり着いた大太鼓台。担ぎ手たちは一斉に気合を込め、木梁に手をかけます。
「目出度う祝うてサーシマショ!」
威勢のいい掛け声が響き渡った瞬間、数十人の力がひとつに重なり、大太鼓台がぐっと宙へと持ち上げられます。重厚な巨体が高々と差し上げられると、その場の空気は一気に張り詰め——見守る人々から大きな拍手と歓声が湧き起こりました。

屋台は「あらえっさっさー」の掛け声に合わせ、境内を何度も行ったり来たり。端から端まで、一斉に力を合わせて勢いよく駆け抜けます。







境内に響く掛け声とともに、担ぎ手たちが一斉に力を込める。大太鼓台はゆっくりと大きな円を描くように、ぐるりと回転していきます。
「そーれ!」「あーらエッササッサー」
威勢のよい声とともに、数十人が肩に食い込む重みに耐えながら、息を合わせて踏みしめる。砂埃が舞い上がり、きらびやかな装飾が陽光を受けて眩いほどに輝く。見物客からはどよめきと歓声があがり、回転するたびにその熱気はさらに高まっていきます。まるで神輿そのものが生き物のように躍動(やくどう)し、祭りの魂がそこに宿っているかのようでした。


社殿の目前、重さ数トンもの大太鼓台が肩に食い込み、担ぎ手たちは歯を食いしばって耐えています。砂利は滑りやすく、少しの気の緩みが大事故につながる。汗が目に入り、肩は焼けつくように痛いはず。それでも踏ん張り続ける姿から、限界を超えた力が伝わってきます。
「がんばれよー!」
「落とすなよー!」
境内に声援が飛び交う。


再び社殿の前へ。担ぎ手たちが一斉に気合を込め、木梁に手をかけます。
「目出度う祝うてサーシマショ!」
威勢のいい掛け声とともに、大太鼓台がもう一度ぐっと宙へ。重厚な巨体が高々と差し上げられ、その場の空気が一気に張り詰める——次の瞬間、見守る全員から拍手と大歓声が湧き起こりました。

迫力あふれる神輿神事も、つつがなく執り行われました。担ぎ手の皆さま、本当にお疲れさまでした。

瀧尾神社と兵主神社 ― 黒田庄の二つの鎮守
黒田庄には二つの神社があります。荘厳な雰囲気を放つ瀧尾神社と、ウルフルズのトータス松本さんが太鼓を叩きに来ることで知られる兵主神社です。
兵主神社は観客で大いに賑わいますが、瀧尾神社の秋祭りにはまた違う魅力があります。神輿が境内に入る瞬間の張り詰めた空気、山の杜に包まれる静謐さと熱気。ここでしか味わえない感動がある。地元に住んでいても、毎年この瞬間だけは特別だなと思います。
神輿を担ぐことの意味
神輿を大きく揺らすのは、神さまの力を活性化させ、地域に広く行き渡らせるため。高く担ぐのは「神さまを敬う心」と「村を見守っていただくため」と言われています。
力強くも丁寧に担がれる神輿には、地域の人々の祈りと願いが込められている。そう思って見ると、担ぎ手たちの姿がまた違って見えてくるから不思議です。

瀧尾神社には武甕槌命(たけみかづちのみこと)や天児屋根命(あめのこやねのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天太玉命(あめのふとだまのみこと)といった神々が祀られており、地域をお守りくださっています。
伝統は、こうして受け継がれていく
青年団のお兄さんたちが声を枯らして子どもたちを先導し、祭りの熱気をさらに盛り上げます。頼もしく、かっこいい。地域の未来を託すにふさわしい存在です。
私の子どもも乗り子を体験させていただきました。親から子へ、子から孫へと受け継がれていく——それが、この祭りの本当の意味なのだと感じます。
祭りの準備や当日のお接待がいかに大変かは、実際に関わってみないとわからないものです。そのあたりの話はこちらの記事にまとめていますので、あわせてどうぞ。

まとめ ― 地域がひとつになる秋の一日
瀧尾神社の秋祭りは、ただの神事ではありません。子どもも大人も一緒になって汗を流し、声を張り上げ、笑って泣いて——地域がひとつになる特別な時間です。
カメラを持って記録係を務めたあの一日。ファインダー越しに見た担ぎ手の顔、乗り子の声、観客の涙。それが今も鮮明に残っています。黒田庄の秋は、やっぱりこの祭りで完結する気がします。
もし機会があれば、ぜひ一度、この秋祭りを体感してみてください。心の奥まで熱くなる一日になるはずです。

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