※ 初出:2015年1月の記事をリライト。
ピアノのレッスンは、密室だ。
先生と子どもが一対一で向き合う空間に、親は入れない。どんな言葉が飛んでいるか、どんな空気が流れているか。扉の外からは何もわからない。
だからこそ、最初の先生選びは本当に大切だと思う。失敗した経験があるから、今はそう断言できる。
子どもが二人目に師事した先生が仰った「美しい曲がたくさんあるのに、決まりきった教則本だけで終わるピアノレッスンでは子供が気の毒だ。」
この言葉は、雷に打たれたように感銘を受けました。
話は少し変わりますが、元バレーボール日本代表の益子直美さんが、素晴らしい企画でバレーボールの活動を盛り上げていらっしゃいます。
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スポーツにしろ、学芸の習い事にしろ、威圧感のある中では決して良い結果は育ちません。
ピアノの先生方にも、ぜひ見てほしい動画です。
ピアノのレッスンは、密室です。
少々キレて金切り声をあげても、外には漏れません。
多くの指導者は、怒鳴ることで子どもを支配し、従順に指を動かしていれば怒鳴ったことが正しかったのだと勘違いする。そして間違った師弟関係を作ってしまいがちです。
以下は、私の反省回帰録として子供のことを書いています。
子供に習い事をさせたいと思ったとき、一番先に頭に浮かんだのは「ピアノ」でした。
自分が幼い頃習っていて、ピアノが好きだったというのが理由でした。
最初の先生との苦い記憶
ピアノの先生の選択について
回帰録ピアノ編1
子供の習い事は、親の考え方が色濃く反映しているものだと思います。それに伴い、どんな師匠につくか……とても大切な選択です。
唯一、失敗だったと思うのは、息子をピアノに習わせようとしたとき最初に選んだ先生のこと。何年経っても今だに、子供に申し訳なかったと反省しています。
音を間違えれば手を「パシッ!」
そういえば、私が子供の頃習っていた先生も「何回おんなじ所を間違えるの!」と激怒するような方でした。なので、ピアノの先生とはそういうものなんだと思っていました。よく聞く話ですが、よくないですよね。
息子の初めてのコンクール前のレッスンの出来事。当時4歳。三回、同じところを間違えたとき——
先生が子供の襟をつかんだかと思ったら、投げ飛ばされていました。
長い廊下をすべっていった子供は、先にある植木にあたって止まりました。さぞかし怖かっただろうと思い、帰りの車の中で私が言うと——
私「もう、やめよ!お母さん別の先生探すわ。」
息子「大丈夫やで。廊下をすーーーって投げられたとき、おもしろかったで。」
私「ううーーーーーん・・・・・・・」
4歳の子どもなりに、気を使っていたのだろうと今でも思う。
ごめんね、と20年経った今でも思う。
なぜそんな先生に習わせたのかと思われますよね。その先生は何人ものコンクール入賞者を育てていると聞いたから……親の浅はかな欲があったからです。
コンクールについて思うこと
習い事をさせるなら、どうせなら頑張って欲しいという親の欲が多分にありました。ピアノコンクールに出るには、レッスンをちょっと頑張る必要があります。なので自然とピアノを弾くレベルも上がっていく。そこに親は期待してしまう。
実のところ、コンクールには側から見ればおかしな競争が潜んでいるのです。私は以前、楽器店に勤務していたことがあります。必然的に、いろんなお母さまと先生方を見てきました。
グランドピアノの販売のために、コンクール出場をすすめる先生は少なくありませんでした。
アップライトとグランドでは、音質もタッチもまるで違う。本番で実力を出すには、普段から本番に近い環境で練習するのが理想です。とはいえ、自宅のピアノとステージ上のピアノはまた別物。コンクールにリハーサルなどありませんから、緊張も重なって、せっかく積み上げた実力が出し切れないこともある。
だから「自宅にグランドを」という話になっていくのです。
熱心な親ほどお財布の紐が緩くなりますから、これほどいい機会はない。楽器店も売り上げを伸ばす絶好のタイミングなので、定期的なコンクールは必要不可欠というわけです。
息子の先生も「コンクールで入賞を目指すならグランドピアノ購入が当たり前でしょう……」とさらりと仰いました。幼稚園児に、車が買えるくらいの楽器を与えるわけです。
私もチョロッとピアノを弾いているので、今となれば大きな買い物でしたが買って良かったと思っています。アップライトピアノとグランドピアノの差は歴然で、アップライトと電子ピアノの差くらいあると感じました。
himetei主人は反対でしたので私のヘソクリを解約。我が家に大きなピアノがやってきました。


コンクールと言えば、数々のちょっと稀有な親御さんを思い出します。ご自身の名誉のために厳しいレッスンをしていた先生も。誰が賞を取ったか、予選・本戦でどうだったか。中には、賞の色にこだわるお母様もいらっしゃいました。
コンクールが終わった後の「あの日」のことは、今でも記憶に残っています。知り合いのお母様が息子のレッスン前に来られ「先日の娘が出たピアノのコンクールのビデオを見てほしい」と先生にお話を。どうも「自分の娘が金賞を頂けず、銀賞だった……」と憤慨されていたようです。
新しい出会いで開眼
息子は、どちらかと言うと不器用です。似なくていいのに、私の不器用を受け継いでしまいました。なので多くの生徒の中では目立たない演奏をしていたためか、家での練習は十分にしていてもイザ先生の前で弾くと力が発揮できず、撃沈。30分枠のレッスンが10分で帰されてしまうこともありました。


息子が小5の夏。先生の暴言が過ぎたのをきっかけに、この先生から離れようと決心しました。
新しいピアノの先生を探すには、知り合いに聞いてみるとか、気になる先生の発表会を見に行くなど色々あります。インターネットで検索していましたら、ピアノの弾き方について非常に細かくご自分の持論を書いておられる記事を見つけました。感銘を受けました。
今から20年前にブログで指導方法を公開されているのは珍しいことでした。今でこそブログ発信は当たり前になっていますが、当時はまだまだピアノの先生が自身でホームページを持っていない時代。
世は、Windows 98。
運良く、家から1時間以内のレッスン場に遠方から来ておられるということがわかりました。すぐさま連絡を取り、お伺いすることになりました。
さて、新しい先生のはじめてのレッスン。今でいう体験レッスンです。先生は、現役のプロの演奏家でした。
先生「ショパンだってモーツァルトだって、もちろんバッハだって子供でも弾ける美しい曲がたくさんあります。」
先生「今から弾く曲で、美しいと思ったものを言ってください。それを今から君が弾いてみましょう!」
先生は5曲弾いてくださいました。その中で子供が選んだのは、シューマンの「楽しき農夫」。後打ちだし、右手フレーズの合間に左の合いの手を入れる感じの曲。
(む む 難しいんじゃないかなあ)と思いました。
実はそれまでコンクールの課題曲以外は、小5までバイエルとハノンしか弾いていなかったのです。初見で弾いたことなど一度もない。
「さあ。弾いてみよう。」
格闘の1時間。「あたまパニックーーー!!」と言いながらも——
息子「頭を使うピアノを弾いたのは、今日が初めてやわ!おかあさん(^^)/」とても嬉しそうに言いました。
次の週、今まで習っていた先生に「退会します。」と挨拶に伺いました。レッスンは月初めでしたので、1ヶ月分のお月謝と菓子折りを持って。
私と息子「長い間お世話になりました〜!!」


その日から、練習のために弾く曲ではなく、作品と向き合う挑戦が始まったのです。
指の練習と表現の練習はバーナムに変更。新しい先生は、自身のこだわりでツェルニー30番を使わずバッハの「プレ・インベンション」、そのあとバッハ・インベンションの曲へ。
(バッハは右手と左手がそれぞれメロディを奏でるので、今までの「左手は伴奏」という脳から変換するのに苦労していました。)
バッハの音のつくり方。なんて素晴らしいのだろう……。
課題曲はショパンのポロネーズも加わりました。ブルグミュラーもソナチネも飛び越してソナタへ。
「美しい曲がたくさんあるのに、決まりきった教則本だけで終わるピアノレッスンでは子供が気の毒だ。」
本をパラパラめくりながらお話しされる先生は、メチャかっこよかった。
レッスンは週1回の1時間みっちり。無駄話なく、レッスンが進みます。メンデルスゾーンを弾くときは作曲の時代背景や裏話を聞いたりして、子供の目がキラキラしていたので、心底「あの時、変わると決めて良かった。」と思いました。
レッスンの合間に時折、「来週のコンサートで弾くんだ」とさらりとショパンエチュードを3曲。そして演奏途中で「ここが気に入らないんだ」……としばし、ご自身の練習が始まるのです。同じフレーズを繰り返し繰り返し弾かれます。
その様子をじーっと見ていた息子が「練習とは、こんなふうに気に入るまで同じフレーズを何度も何度も弾くものなんだな」と気がついたようです。
息子が師事した先生・大竹道哉先生について
その先生は、現役のプロ演奏家・大竹道哉先生でした。大阪音楽大学でも教鞭をとられ、演奏会や講座も精力的に続けておられます。息子がレッスンを受けていた当時からホームページで指導方針を公開されていた先生で、現在も兵庫県明石市・魚住にて大竹ピアノ教室を主宰されています。
「バッハやモーツァルト、ショパンになると何となく形にならない」——そんな方が本物の作品と向き合えるレッスンを目指しておられる先生です。初心者のお子さんから、大人の再開組まで幅広く受け付けておられます。無料の体験レッスンもあります。
先生を変わって気がついたこと
バッハ・インベンションの他にロマン派、古典派、近代の曲を織り交ぜて、テクニックと曲の解釈を教えていただいたようです。
息子は先生を変わってから半年もたたないうちに、自分の出す音を聴くようになり、フレーズのつながりも綺麗になりました。何よりも、自ら進んでピアノに向かう時間が多くなりました。
以前習っていた先生のもとでは、私が家でレッスンをして仕上げのポイントだけ先生に教えてもらう、という形でした。親がある程度まで仕上げてくるのが必須だったからです。なので、息子が怒られないよう自宅レッスンにも力が入っていた。飴とムチの使い分けで、パートのお給料はどんどん減っておりました。でも、それでも良かったのです。
師を変わって最初に言われたことは「お母さんは、息子さんのピアノレッスンから離れてください。」
ラッキー♪(私)
ウキッ♪(息子)
ピアノの呪縛から解放です。ホントに、馬鹿な親でした。(ごめんね。幼き日の息子よ。)


「この子は、どう伝えたら伸びるんだろう?」と考えてくださる「師」に出会えたら、子供はきっと変わります。根気よく育ててくれるピアノの先生に出会えれば、子供は変わるのです。
【ハイドン/ソナタ へ長調 Hob.XVI/23 第1楽章】中二 夏のコンクール
(終わり……スタスタと歩く我が子に、何度見ても笑えるんやけど。まあええか。)
古典派のハイドンの奏法は難しく、かなり苦心していました。
【ドビュッシー ベルガマスク組曲「パスピエ」 Debussy Passepied】中三 夏のコンクール
コレは、なかなかハードルお高い曲。
中3の時、出場するコンクールの課題曲に選んでいただいたのはドビュッシーの「パスピエ」。後々ショパンの曲を弾く時の勉強にもなるからと与えてもらいました。この曲は、時代背景を考えて弾く奏法が大切らしい。「なんのこっちゃわからない。」と言いながらも食らいついてレッスンしていました。
先生が常におっしゃっていた言葉があります。
舞台に上がれば誰もがひとり。
ポリーニだってアシュケナージだって舞台に上がれば1人。
誰も助けてはくれない。
途中ミスをしても止まってはいけない。
弾き切る。
なぜなら、音楽は時間の芸術だから。
あとがき
ピアノのレッスンは、一対一で行われます。しかも密接。指導者を選ぶ親の目は重要だと思います。
指導者を間違えたら、子どもだけでなく親も気の毒です。合わないと思ってきたら、いきなり変わるのではなく、少し様子を見ながら代わりの先生を探すと良いかと思います。
ピアノだけでなく、何かしらの「継続力」が身につく習い事をさせたいですよね。そして親が怒らず、褒めて伸ばす指導を、ほんの少し心得ていたら成果がグンと出ると思います。
追記
親が費やした時間は、他人にはわからない。
子ども本人だって、きっと「いい迷惑だった」と思っていただろうね。
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