ワイセンベルクのCDを全部揃えたい。
そう思ったのは、もうずいぶん前のこと。このRCAボックスを手に入れたとき、ようやく手元に揃った、という感覚がありました。
2012年に亡くなったブルガリアの名ピアニスト、アレクシス・ワイセンベルク[1929-2012]。1967〜1969年にRCAへ残したLP7枚分の録音をオリジナル・カップリングで初ボックス化した全集に、1950年コロンビア盤のデビュー録音(「シギ・ワイセンベルク」名義)が加わった7枚組です。
ワイセンベルクとの出会い
子どものころ、偶然テレビで見た「徹子の部屋」に、ひとりのピアニストが出ていた。名前も知らないまま、ただ画面に釘付けになった。その人がワイセンベルクだったと知るのは、もっと後のことです。
それからレコード、CD、DVDと集めるうちに、ファンクラブの集いに参加できる機会を得たのです。来日されたマエストロとお会いし、握手していただいたとき—「なんて柔らかい手なんだろう。思ったより小さい」と感じました。あの感触は今でも鮮明に思い出せるのです。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番をはじめ、作曲者自身が巨大な手の持ち主であったことによる、あの巨大な和音の連続。それをワイセンベルクはあの小さな手で弾いていたのか、と思うとなおさら感動もんなんですよね。
アレクシス・ワイセンベルク/RCAアルバム・コレクション(7CD)

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番(Disc 3)
プレートル指揮、シカゴ交響楽団との1967年録音。
ピアノを弾く立場から聴いて、まず圧倒されるのが第3楽章終盤のカデンツァ後だ。40分間弾き続けた後の、最大の難所。体力が切れているはずのその場面で、なぜこれほど狂気的な高速パッセージが来るのか——弾く者にしかわからない恐怖がある。
しかもワイセンベルクは、オーケストラの厚い響きに埋もれることなく、繊細な音色を保ったまま弾き切る。あのテンポで、あの音色で。これは神業だと思う。
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番ロ短調(Disc 2)
1967年、ニューヨーク・ウェブスター・ホール録音。
ラフ3が「物理的な体力」の戦いなら、ショパンのソナタは「精神的な緻密さ」との戦いだ。第1楽章の冒頭から、対位法的に絡み合うフレーズが続く。ただ音を並べるだけならできる。だが内声を歌わせながら和音をバランスよく響かせるのは、本当に死ぬほど難しい。
ワイセンベルクのショパンは、ロマンティックな甘さより、透明な構造美を優先させる。それが好きか嫌いかは人によるけれど、私はあのドライで硬質な音色の中に、逆に深い情感を感じてしまう。
ラフマニノフ:前奏曲集 全24曲(Disc 7)
1968〜1969年、ハリウッド・RCAスタジオ録音。
「クリスタル・クリア」と評されるワイセンベルクの音色が最もよく出る演目だと思う。ロシア的なメランコリーに溺れず、ペダルを抑えて和音の粒を澄み切らせたまま弾き進む。ピアノを弾く者として、あの透明感を出せるかどうかは、タッチの精度の問題で、技術なしには絶対に出せない音だ。
収録情報
Disc 1|プロコフィエフ/スクリャービン/ラフマニノフ
プロコフィエフ:
- ピアノ・ソナタ第3番 イ短調 Op.28
- 悪魔的暗示 Op.4-4
スクリャービン:
- 練習曲 第11番 変ロ短調 Op.8-11
- 左手のための2つの小品 Op.9-2
ラフマニノフ:
- 前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-3 / 変ホ長調 Op.23-6 / ト短調 Op.32-12
録音:1949年1月・1950年5月 ニューヨーク、コロンビア30番街スタジオ(モノラル)
Disc 2|ショパン
- ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 Op.58
- スケルツォ第1番 ロ短調 Op.20
- スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31
録音:1967年8月 ニューヨーク、ウェブスター・ホール(ステレオ)
Disc 3|ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
- ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30
シカゴ交響楽団 / ジョルジュ・プレートル(指揮)
録音:1967年11月 シカゴ、オーケストラ・ホール(ステレオ)
Disc 4|ドビュッシー
- 子供の領分 / 亜麻色の髪の乙女 / 喜びの島
- 組み合わされたアルペッジョのための練習曲 / ベルガマスク組曲 / レントより遅く
録音:1968年3月 パリ(ステレオ)
Disc 5|ハイドン
- ピアノ・ソナタ第62番 変ホ長調 / 第33番 ハ短調 / 第50番 ニ短調
録音:1968年7月 ハリウッド、RCAスタジオ(ステレオ)
Disc 6|バルトーク:ピアノ協奏曲第2番
- ピアノ協奏曲第2番 Sz.95
- 4つの管弦楽曲 Sz.51
フィラデルフィア管弦楽団 / ユージン・オーマンディ(指揮)
録音:1969年11月 フィラデルフィア、タウン・ホール(ステレオ)
Disc 7|ラフマニノフ:前奏曲集
- 前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2
- 前奏曲集 Op.23(全10曲)/ Op.32(全13曲)
録音:1968〜1969年 ハリウッド、RCAスタジオ(ステレオ)
アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)
それでもワイセンベルクを聴き続ける理由
「あなたはマエストロを知らないから」——彼の演奏への批評を読むたびに、そう言いたくなることがある。硬質すぎる、冷たい、という評は昔からある。でも、あの硬質さの中に私はいつも、心の底から湧き出るような音の美しさを聴いてしまう。
EMI、グラモフォン、そしてこのRCA。メーカーごとの正規録音がようやく出揃ったこのボックスは、ファンとして手元に置いておきたい一枚です。


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