ヒロシくんがプロに行く。取材者だった私が見てきた甲斐野央のドラフト前夜

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※ 本記事は2018年10月の記事をリライトしました。

お祭りの帰り道、「もう少しでドラフト会議やねちょっと恐いわ…」と、つぶやいた甲斐野くんの母ちゃま。——そのドキドキが、忘れられない。

高校1年生のころから取材でグラウンドに通い、ご近所さんとしても幼いころから知っている子が、プロ野球の世界へ羽ばたこうとしている。2013年から東洋大姫路野球部を取材・撮影してきた私が、ドラフト当日の記憶と、パパと母ちゃまの言葉を残しておきたくてこの記事を書いた。

(ドラフト当日のご両親の様子は、こちらの記事にまとめています↓)

目次

甲斐野央(かいの ひろし)とはどんな投手?

兵庫県西脇市出身。東洋大姫路高校から東洋大学へ進み、2018年のドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから1位指名を受けたプロ野球投手です。

項目内容
生年月日1996年11月16日
出身地兵庫県西脇市(旧:多可郡黒田庄町)
ポジション投手(右投左打)
身長・体重188cm・92kg
経歴東洋大姫路高→東洋大→ソフトバンク(2019〜2023)→埼玉西武(2024〜)
ドラフト2018年 ソフトバンク1位指名

photograph:by甲斐野パパ

東洋大学でロングリリーフとして活躍する甲斐野央投手(甲斐野パパ撮影)

東洋大学では3年秋のリーグ戦から覚醒。5勝をあげて最優秀投手賞とベストナインをW受賞し、一気にドラフト1位候補の名を轟かせた。最速158km/hの速球と、毎分2,400回転を超えるスピンレート(MLB平均を上回る数値)は、スカウト陣の目を引きつけた。

——そんな”全国区の注目投手”が、実は私の近所の子だったりする。それがなんとも不思議で、くすぐったい。

グラウンドで「あれ?」——高校1年生との、まさかの再会

甲斐野くんのご実家は、筆者宅のご近所さん。幼いころから大きくて、人懐っこい笑顔が可愛らしい少年だった。その彼と久しぶりに出会ったのが、車で2時間かかる東洋大姫路高校のグラウンドだったのだから、人生は面白い。

東洋大姫路高校野球部のグラウンドで撮影した甲斐野央選手の高校時代の写真

甲斐野くん「あれ?」
私「あれ?」
甲斐野くん「なんで、こんなとこにおんの??」
私「ヒロシ君こそなんで、ここにおんの??」
、甲斐野くん「僕ここの生徒。おばちゃんこそ、どないしたん?」
私「おばちゃん、仕事。今日は東洋大姫路野球部OB会の広報に載せるんで撮影にきたんよ。」

二人とも顔を見合わせて、キョトン。近所のおばちゃんがカメラを持って先輩らを激写している姿は、彼にとっても相当意外だったでしょうね。あの瞬間のお互いの顔を思い出すと、今でも笑えてくる。

びっくりした表情のイラスト

坂道ダッシュを激写した日——東洋大姫路野球部の取材記録

私の当時サブの仕事として、毎年、東洋大姫路野球部OB会が初夏に発行する会報やHP更新の取材を承っていました。2013年からのことだから、けっこうな年数になる。

とある撮影日。この日の1年生のメニューは、グラウンド奥の坂道ダッシュだった。

東洋大姫路野球部1年生の坂道ダッシュ練習の様子(1本目)

坂道ダッシュ 3本目。

東洋大姫路野球部1年生の坂道ダッシュ練習の様子(3本目)

。カメラを向けると、さらに気合いを入れてくれる。こういう地味な練習風景の一枚が、思い出になるのかなあ…と思いながらシャッターを切りました

筆者の息子はテニス少年だったけれど、関わるスポーツの違いこそあれ、試合の応援・送迎当番・合宿のカレー作り……親御さんたちの並々ならぬサポートがあってこそ、子供たちは習い事に懸命に向き合える。そうして、今がある。それはどのスポーツも、きっと同じだと思うのです。

2018年ドラフト会議——あの秋のこと

秋になると耳に入ってくるようになる「ドラフト」という言葉。正式名称は「新人選手選択会議」で、各球団が新しい戦力を指名する場だ。喜ぶ人、涙する人——毎年いろんなドラマが生まれる場所でもある。

2018年(第54回)は、10月25日(木)にグランドプリンスホテル新高輪 国際館パミールで開催。特別協賛の大正製薬株式会社による「プロ野球ドラフト会議 supported by リポビタンD」という公式タイトルは、この年で6年連続だった。

2017年度プロ野球ドラフト会議の中継画面イメージ

ちなみに、ドラフト指名で即入団が決まるわけではない。指名で得られるのはあくまで「契約交渉権」で、翌年3月末までに合意できなければその権利は無効になる(社会人選手は翌年1月末まで)。球団も選手も、ドラフトの後にもうひとつ山がある。

甲斐野央、ソフトバンクから1位指名!

この日、甲斐野央くんは福岡ソフトバンクホークスから外れ外れ1位で指名を受けた。契約金1億円+出来高5,000万円、年俸1,500万円(推定)でソフトバンク入りが決まり、背番号20を背負うことになった。

ルーキーイヤーの2019年はいきなり65試合に登板し、2勝5敗26ホールド8セーブを記録。プレミア12の日本代表にも選出され、優勝に貢献した。

その後は右肘の手術を経て浮き沈みもあったが、2024年からは山川穂高のFA人的補償として埼玉西武ライオンズへ移籍。2025年シーズンは16試合連続ホールドポイントという球団新記録を樹立するなど、ブルペンの軸として活躍している。

母ちゃまとパパの言葉——これが一番伝えたかったこと

甲斐野くんの母ちゃまは、こんな人

気さくで可愛らしい方で、ちょっと阿川佐和子さんに似ているかな? 息子が保育園のとき、甲斐野母ちゃんは副担任をしてくださっていた。卒園式の一枚の写真が、今も心の思い出になっている。

先日、甲斐野くんらしいお茶目な写真を見せてもらった。ファンの方がSNSで上げられていたそうです。

勝った試合で、“次に胴上げされるのは、俺だよ”って観客にアピールしてる写真があったらしいです。

「でもな〜、ヒロシが観客席にピースして振り向いたら、胴上げが終わってたらしいの(笑)」

母ちゃまがそう笑いながら話してくれた。やっぱりこの子らしいなあ、と思った。

こんにちはのご挨拶イラスト

甲斐野パパより——OB会会報に寄せられたコメント

「東洋大学に進学してからも、常に東洋大姫路高校出身という名を汚さぬよう頑張っていました。大学では3年生の秋季リーグ戦までは実績もなく、焦ったり、辛い時期が続きました。そんな時に藤田監督が言っておられた数々の言葉やアドバイスを思い出し、励みにしてきたといっていました。

(中略)

親として「野球」を通して多くの人達と出会い、子供がたくましく成長していく姿を見るのは本当に嬉しい限りです。そんな今の央を作って頂いたのは、監督はじめ大村コーチ、平野コーチ、そして東洋大姫路の仲間との3年間があったからだと親子共々思っています。」

——父・有生

甲斐野母ちゃまより——ファンの方へのメッセージ

「遠くにいても、皆様のお写真や動画で、息子の姿を見ることができます。ありがとうございます。一枚一枚の写真をすべて見ています。これからも、応援をよろしくお願い致します。」

どちらのコメントを読んでも、胸があたたかくなる。スタンドから見えない苦しさを、親御さんはちゃんと知っている。それでも「頑張れ」じゃなくて「見ているよ」と言える、その愛情の深さよ。

あとがき——根っこの愛があってこそ、葉っぱは育つ

甲斐野くんがここまで来るまでに、本人がどれだけ苦しんだか。私たちには想像もできないほどの厳しさがあったと思う。それでも折れずに続けられたのは、ご両親の支えと、監督・コーチ・チームメイトとの時間があったからだろう。

あるプロの世界は、入ってからがまた別の戦いが。実際、2020年には右肘手術で一年棒に振り、そこから這い上がってきた。2025年の今は、西武ライオンズのリリーフとして16試合連続ホールドの球団記録まで作っている。

頑張ってね。ケガしないようにね。

——高校1年のころから取材で見てきた記録として、このまま残しておきました。

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