アレクシス・ワイセンベルク|知られざる未発表録音と執筆が読めるアーカイブサイト

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※ 初出:2019年7月の記事をリライト。

アレクシス・ワイセンベルク(Alexis Weissenberg, 1929-2012)という名前を聞いて、ピアノ好きならどんな演奏を思い浮かべるだろう。あの研ぎ澄まされた音色、底知れぬ技巧、そして圧倒的な存在感。私がはじめて彼の演奏を聴いたとき、正直しばらく動けなかった。

ショパンの即興曲1番を練習しはじめて、どうにも壁を感じていたある日。ワイセンベルクのレコーディングを探しているうちに、ファンにとって夢のようなサイトを偶然発見した。しかも、ファンなら思わず声を上げるような場所で。未発表音源、貴重な写真、肉筆の文章まで。

今回はそのサイトを中心に、ワイセンベルクという稀代のピアニストについて書いてみたい。

目次

アレクシス・ワイセンベルクとはどんなピアニストか

ブルガリアのソフィア生まれ。ユダヤ系の家庭に育ったワイセンベルクは、幼い頃からその才能を発揮していた。だが歴史は、若き天才を容赦しなかった。

1944年、強制収容所へと送られる。しかし彼は、イギリス空軍の爆撃による混乱をきっかけに母親とともにトルコへ脱出することに成功した。そのままイスラエルへ逃れ、テルアヴィヴでリサイタルを開催——奇跡としか言いようのない再起だった。

その後1946年にアメリカへ渡り、ジュリアード音楽院でサマロフ女史に師事。シュナーベルやランドフスカからも学んだ。1947年にはフィラデルフィア管弦楽団主催のユース・コンクールで優勝し、同年レーヴェントリット国際コンクールでも頂点に立つ。翌1948年には、ジョージ・セル指揮のニューヨーク・フィルハーモニックと共演してアメリカデビューを成功させた。

そこまでは、輝かしい成功の物語だ。ところが彼は、1956年に演奏活動を突然停止する。

「ルーティンな演奏活動に嫌気がさした」——そう伝えられている。コンサートピアニストとして量産される演奏会。同じプログラムを繰り返す日々。それが彼には耐えられなかったのだろう。10年間の隠遁。ひたすら自省と研鑽に費やした沈黙の時間だった。

そして復帰の舞台として選んだのが、カラヤン指揮のベルリン・フィルとのコンチェルトだった。

10年の沈黙を破る最初のステージが、カラヤンとのコラボレーション。世界広しといえど、そんな復帰ができるのはワイセンベルクくらいだろう、と思わずにはいられない。

アレクシス・ワイセンベルクとカラヤン ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 CD

偶然たどり着いた、ファン垂涎のアーカイブサイト

ことの発端は、ショパンの即興曲第1番(Op.29)だった。

難易度が高くて半ば諦めていた曲。でも「ワイセンベルクが弾いたらどんな音になるのだろう」と思って検索したら…見つかってしまった。しかも東京でのライブ録音(1972年)が。

たどり着いたのは、Alexis Weissenberg Archive というサイトだ。

ワイセンベルクは多くの未発表録音を残した。リールテープ、EPやLPなど様々な形で。現時点では録音の劣化を防ぐためデジタル化を進めており、将来的には出版も検討している。

— Alexis Weissenberg Archive より(意訳)

公式レコーディングですら圧倒的なのに、さらに未発表音源まである。ファンとしては、もはや言葉を失う。

未発表・希少録音のページ

音源が公開されているのはこちらのページ。

Unreleased & Rare Recordings – Alexis Weissenberg Archive

ショパン:即興曲第1番(東京、1972年)も含まれており、私はこれを見つけた瞬間、時間を忘れて聴き入った。音質はさすがにベストとはいえないが、それがまたライブ録音らしい熱気を生んでいる。

アレクシス・ワイセンベルク アーカイブサイト 未発表録音

執筆(writings)ページが、思いのほか読ませる

音源だけではない。このアーカイブサイトには、ワイセンベルク自身が書いた文章を集めたページもある。

Writings – Alexis Weissenberg Archive

音楽について、ピアノについて、彼自身の言葉で綴られたテキストが並ぶ。演奏家としての思想や美学が垣間見えて、演奏を聴くだけではわからなかった「なぜワイセンベルクはこう弾くのか」が、少し見えてくる気がした。

今はAIですぐに翻訳できる時代。海外の文章も気軽に読めるので、とてもワクワクします。

正直に言うと、私はここで一番時間を使いました。
音源よりも長く。

だってワイセンベルク自身が書いたの自叙伝ですよ♪

以下その中の一つ。

自伝的小エッセイ

アレクシス・ワイセンベルク著

私は1929年7月26日、ブルガリアのソフィアで生まれました 。・・‥中略・・私が4歳か、せいぜい5歳の頃、母は毎日30分間、幼稚園や学校から帰った私と一緒にピアノの椅子に座ることに決めました 。手の位置、手首の柔軟性、タッチ、そして何よりも音、テンポの制御、技術的な均一性、レガート、スタッカートなど……これらすべては、もどかしくも足の届かないペダルからは程遠いものでした 。・・・後略偽造された身分証明書が見つかったとき、それが通用することはありません。無許可のイスタンブールへのビザや偽の外交文書は、行き詰まった状況を好転させる助けにはなりませんでした 。母は2時間にわたる果てしない尋問を受け、その後、私たちは即席の強制収容所に送られました

フォトギャラリー(at-home)

プライベートな写真を集めたギャラリーページも公開されている。

Gallery: At Home – Alexis Weissenberg Archive

舞台の上ではなく、日常の中にいるワイセンベルクの姿。演奏中の研ぎ澄まされた表情とはまた違う、ひとりの人間としての顔がある。1983年、パリでアンネ=ゾフィー・ムターとのブラームス・ヴァイオリンソナタの録音セッション時の写真なども含まれており、時代の空気まで伝わってくる。

ショパン即興曲第1番——弾くのをやめなくてよかった

ショパンは即興曲を4曲書いた。第4番「幻想即興曲」があまりに有名すぎて、他の3曲は少し影に隠れてしまっているけれど、どれも味わい深い。

ちなみに「幻想即興曲」は、ショパン自身が生前に出版しなかった作品です。死の床で「未発表の作品はすべて処分してほしい」と友人フォンタナに頼んでいたにもかかわらず、フォンタナはその遺志に背いて出版してしまった。こんな経緯がある。

遺志に背いたのか、芸術を守ったのか。

難しいところだけれど、「幻想即興曲」を愛するひとりとして、フォンタナに感謝している。

話を戻すと…即興曲第1番は、私にとって「いつか弾けたら」という曲だった。半ば諦めていた。でも、ワイセンベルクの1972年東京ライブを聴いてから、またピアノに向かう時間が増えた。

うまく弾けなくてもいい。
マエストロが弾いたあの音と同じ旋律をなぞっている・・・という気持ちがあれば、練習は続けられた。

ワイセンベルクが残した主な録音

アーカイブサイトを入り口に、正規リリース盤も改めて聴き直してみたくなった方のために、手元でよく聴く盤を挙げておく。

カラヤン指揮 / ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

カラヤン&ベルリン・フィルとの共演盤。10年の沈黙を経た復帰後の演奏で、ワイセンベルクを語るうえで外せない一枚。

復帰コンサートの録音でもある、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。カラヤンとベルリン・フィルというバックの豪華さもさることながら、ワイセンベルクのソロが圧倒的に美しい。10年の沈黙が凝縮されているような、密度の高い演奏だ。

ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女〜月の光 / ピアノ作品集

端正でありながら深い呼吸を感じるドビュッシー集。クラシックピアノ入門にもなる一枚。

ドビュッシーとワイセンベルクの相性の良さは、聴いた瞬間にわかる。透明感と深みが共存しためったに聴くことができない卓越した演奏と思う。

ラフマニノフ:前奏曲全集

ラフマニノフとワイセンベルクの組み合わせは、ある意味必然のように感じる。鋼鉄の打鍵と詩情が同居した、この演奏家ならではの世界。

RCAアルバム・コレクション全集(7CD)

まとめて聴きたいなら、これ一択。バッハからラフマニノフまでワイセンベルクの世界が7枚に凝縮されている。

主よ、人の望みの喜びよ〜バッハ名曲集

バッハにおけるワイセンベルクは、ある種の「厳格さ」と「透明感」が共存している。深く聴くほど発見がある一枚。

ワイセンベルクに出会って、変わったこと

ピアノを弾くことが、少し変わった。

うまく弾こうとする気持ちが薄れて、「音楽を聴く耳」を育てようという気持ちが育ってきた気がする。ワイセンベルクの演奏は、技巧を超えたところに何かがある。聴くたびに違うものが聴こえる。そういう演奏に出会えたことは、ピアノを弾く者にとって本物の財産だと思う。

もし、ご自身もクラシックを聴かれる方は、ぜひ一度このアーカイブサイトを訪ねてみてほしい。入り口は未発表録音でも、執筆(writings)ページでも、どちらでも。きっと長居することになると思います。(^^)/

Writings – Alexis Weissenberg Archive
Unreleased & Rare Recordings – Alexis Weissenberg Archive


クラシックの録音について、こちらの記事も参考にどうぞ。
SOUNDPEATS Capsule3 Pro レビュー|クラシック音楽をハイレゾで楽しむ

ピアノ・音楽まわりのエッセイはこちらにも。
ピアノのはなし|秘亭のネタ


著者:秘亭(himetei)
兵庫県丹波市近隣在住。情報誌編集・広告デザインを経て、WordPress・Webサイト制作15年以上。himetei.jpでカメラ・PC・クラシック音楽・地域文化などを綴る。幼少期からピアノを続け、アレクシス・ワイセンベルクの演奏に魅了されてはや数十年

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